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1967年入学し入部、卒業まで4年間過ごさせていただいた テツです。 投稿に当たって、2つの思い出を書いてみます。 その1;いま思い出の歌、それは 【陽気な仲間】 『僕らは陽気な若者 いつでも胸に歌がある 三度のメシも歌も好き・・・ 陽気な娘は楽譜が読めず 元気な若者はオンチだが 歌う心を知っている らららら 皆はいい奴さ』部活に所属していた当時は大して好きな歌ではなかったのですが、うたう会の性格をよく表した、いい歌と思うのです。 歌が好きなら下手でもいいよ・・・うたう会は そんな集まりであり、好きでした。 青春真っ盛りのその頃は、どこまでも幸せを求めて、シュワ・ジェヴェチカ、リンゴ娘 等が好きでした。今はこそばゆくて歌えませんが。
その2;【合唱団】をめざす憧れ 1、2年生のときには 指揮者として優れた先輩のネツさん、ダボさんがおられ、発声練習で、複式呼吸法や、口腔をよく共鳴させられる歌い方などのトレーニングを経験しました。合宿の中では、毎回腹筋を鍛える体操などを行い、これは4年間ずっと続けていました。 私の楽譜読みはドレミ式ですが、音符を正確に歌えたことから、2年生でパートリーダーに、3年生になって指揮者も担当すると、スルメさんと「合唱団うたう会」を目指そうと、大いなる夢を語り合っていました。 それが卒業から4年後1975年に「民族音楽合唱団あて(歌う会OB会HP情報より)」として実現し、たいへん嬉しく思ったものです。
話を戻して発声練習は、私も先輩の練習法を踏襲し、成果はそれなりにあったと思っています。ところが指揮者の位置に立ってみると、何故かハーモニーがよく聴き分けられない(頭に入ってこない)ため、どこを良いところ、改すべきところがイマイチ分かりません。そのため私は、合唱を磨き上げていくことが難しい(指揮者に向いていない)と感じていました。 ところが、客席位置ほど離れて聴くと、皆の声の調子、ハーモニーの出来ばえなどがよく分かりました。音楽、合唱を聴く耳がダメな訳ではありませんでした。 そして・・・4年生の時、私の友人が参加するグリークラブが発足し、「発表会をやるよ」と言われたので、それを聴きに行ったところ、とても素晴らしく、「ちょっと かなわない」と思いました。 自分らとしては発声練習もきちんとやってきたのに・・・なぜ? 半端ですが、今回はここまでとし、また書きますので、宜しくお願いします。
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